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ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) (JUGEMレビュー »)
スタニスワフ レム
国書刊行会のスタニスワフ・レム-コレクション第1弾。大傑作『ソラリスの陽のもとに』で省略された箇所も洩らさず収録。白系で統一されたインテリアのオブジェとして書棚に収めておきたい丁寧な造本が光る。
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マニアックな解説はForestに譲るとして、前置詞の概念解説などの見える化がすばらしい。
ニンテンドーDS Lite ジェットブラック
ニンテンドーDS Lite ジェットブラック (JUGEMレビュー »)

ゲームどころか、楽しく学習もできちゃう。すごいね。
総合英語Forest
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墺 タカユキ,石黒 昭博
ガイドてがかりにページさ迷い、呼吸してるうちに身につく思考法。まさに文法の森。深すぎ。
浄土
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町田 康
手にしただけ、目にしただけでたいへんなことになる活字というものがある。本書がそれである。メイビー。書店で笑いをこらえてる顔を見せたくないクールなあなたには、取り寄せをおすすめいたします。ぷっぷ。
DURALEX プリズム 275cc 6個セット
DURALEX プリズム 275cc 6個セット (JUGEMレビュー »)

何の変哲もないタンブラーにみえて、熱湯OK。そして何より割れないときた。ペリエサイズというのもをかしい。
Kollaps
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Einsturzende Neubauten
現状崩壊を告発する都市のバーバリアンブルース。構築的確信が単なるジャンキーの遠吠えとは一線を画す。
プログラミング言語C
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B.W.カーニハン, D.M.リッチー, 石田 晴久
Cプログラム創始者の考え方が載っている良書。目をとおしておくべき。
文学の記号学―コレージュ・ド・フランス開講講義
文学の記号学―コレージュ・ド・フランス開講講義 (JUGEMレビュー »)
ロラン バルト, Roland Barthes, 花輪 光
言語の権力というテーマから講義はスタート、バルトの提示してきた様々な概念が立ち現われるにつれて、自身の思想と立場がホログラフ的に浮かび上がる。いつになく難解さが少ないが、絶妙なまでに何も言っていないような感じもする。これこそ文学の手口である。
シュルレアリスムとは何か
シュルレアリスムとは何か (JUGEMレビュー »)
巌谷 国士
巌谷氏が主にシュルレアリスムの思想と運動について語った講義録の文書化。シュルレアリスム-メルヘン-ユートピアの三部構成で、フランス語の微妙なニュアンスを交えた流れるような解説がやさしい。1章のテーマは自動書記,2章はおとぎ話と森,3章はユートピアと迷宮のコントラストから文明批評まで飛び出す。図版,人名も充実。
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マーク・デーヴィドソン『越境する巨人 ベルタランフィ』

マーク・デーヴィドソン=著 『越境する巨人 ベルタランフィ 一般システム論入門』

海鳴社 / 2000 鞠子英雄+酒井孝正=訳

決して数理系の難しい本ではないのだけれど、この外観...実際なんで買ってしまったのか?けれど読んでゆくと大層おもしろかった。ただ、この表紙は損をしている気がしなくもない。


オーストリアの生物学者ベルタランフィの『一般システム論』が世に出たのは1935年。そこでは「要素の単純総和は全体と等しくない」という立場が初めて打ち出された。本人は、「ブラックボックスのinputとoutputの結果だけを列挙しただけに過ぎず、ブラックボックスの中身自体を解明したものではない」という謙虚な姿勢をとっていた。


ベルタランフィは早期ガン細胞判別法を発見したりという、はっきりとした成果の残せる仕事のほかにも、機械のシステムと生物有機体システムの違いの指摘、(あるいは仕切ること)地球を一つの生物圏と見ることの提唱など、断片的な「見えない」仕事もしている。


[生命は流れそのものという観点ではあるが、生物は単なるモノでもないし-物質とエネルギーの流れの表現でもあるが-ただそれだけではない]とでも言うべき、微妙なニュアンスがある。ある種の物理法則の適用によって世界を均一化し、それによって人間がないがしろにされないように、また統一が全体主義的に利用されてしまうことのないように細心の注意をはらっていたからかもしれない。


ベルタランフィは現代文明を統合失調に悩む個人のように見ていた。個人主義を唱えながらコンピュータ化した集団主義を推進していること、子供が読み書きできないと言いながら教育じたいを見直さないこと、月の上を歩きながら占星術に凝っていること....つまり言っていることとやっていることがまったく違うということetc.....。また、精神と肉体を分離した実体ととらえるのはレトリックであり、一つの実体を二重にとらえることで実在を見る目を歪めてしまうとも。


...それは機械論VS生気論として対立してきたものの超克、あるいはより高次の調停であり、生物学のフィールドにおいて、精神・文化諸科学と自然諸科学とが統合されたかに見えた瞬間だった。しかし機械論のかわりとして数十年推進していたシステム論的アプローチ自体が、曲解され機械論にとりこまれていったというのはなんとも皮肉だ。

ベルタランフィはサイバネティクス,情報理論,ゲーム理論のある部分の有効性はみとめつつも、どちらかというと批判的だ。それらはもともと軍事目的でつくられたものだった。ベルタランフィが「平和研究のための記号学」を説いていたのは興味深い。

線形計画法プログラミングは、人材や原材料を最も効率よく配分するのに使われる。アメリカ空軍によって1947に採用された。

いつからか人間は言葉によって世界を切り取り、そして切り取った断片で考えてきた。現実世界を様々な遠近法で映し出される真理がつまった世界と見る遠近法主義をとるベルタランフィは、人間が認識できるもの、認識したいものを知識として吸収して再構築するということを知っていた。それは、inputの段階で、すでに偏見がはたらいているということを知っていたということだ。

(そして、人間から偏見や幻想をとったら何が残るだろう)

ベルタランフィはシステムに発生している断層のあやうさをひとつひとつ点検して回り、危機に瀕した人間存在にとって有益となると思われる価値観をうったえたようだ。今では生物学だけでなく様々な分野で応用されているようなのだが実際どうなのかは分からない。ただ.....数や量が増えれば、それだけひとつひとつの問題にかかずらう暇もなくなるのではないだろうか。今のところは.....わたしだって仕事にさっさとひと区切りつけて帰りたい。ベルタランフィにそう言えば、おそらく「そういった状況に陥らないシステム」を提唱されることだろうけれども。


ベルタランフィの考え方では、先見性が経験より重視される。たしかに経験してからでは遅いことがある...。いまのところ、技術は先行してしまう。食べ物なのかという疑問をもつ前に湯を注いで、カップ麺はできあがってしまう。蓋をあけた時、そこにオーウェルの『1984』があるのか、オルダス・ハックスリの『すばらしい新世界』なのか。いや、ラーメン的なものがそこには。

『マトリックス』の仮想現実は、個人の欲望の模写だった。なりたいものになり、生きたいようにコンピューターが仮想現実の世界で実現してくれる。鏡よ、鏡。

本書にはウィリアム・ブライアン・キイの『サブリミナル操作』など、ちょっとあやしい文献名も出てくる。大げさな書きぶりもちょっと気になる。ベルタランフィには関係ないことだが、結構誤植らしきものもある。そう見ていくとアシッド感、メスカル感とでもいうべき思想の先走りをこらえている感じも伝わってくるようだ。結局思索だけの人なのか、"統合"もパッチワークなのか....。いや、越境的で、ひとことで簡単に定義できない人を無理に定義しようとすると、ストレスで脳がそんな風に切り捨ててしまうのかもしれない。

近年「精神分裂症」も「統合失調症」と名前が変えられた。 「統合失調症」のほうが早く治りそうな響きがあるし、病に対する見方も変わる。それともこの病もポピュラーなものとなってきているのか。

弁証法的唯物論は......素朴かつ粗末な物質主義に行き着くことになるだろう。なぜなら、物理法則が、所詮人間の限られた一部の知的所産のモデルだということを忘れ、究極の実在が物理的法則によって支配されると考えているからだ。



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